2009年03月31日

希望の星

 村の集会場で、太鼓の音に合わせながら、踊りが始まった。やぐらの周りを囲んで、大きな円を作っている。「幸子も踊れよー。」となりのおっちゃんが、赤ら顔で踊りに誘う。もう、お酒臭いんだから。「後で行くー。」そういうと一瞬おっちゃんはつまらなそうにしたけれども、すぐに機嫌よく近くのお姉ちゃんに絡んでいく。「お前、踊らないの?」おっちゃんよりもずっと若くて綺麗な声が私の耳をついた。胸が高鳴る。「純兄ちゃん…。」純兄ちゃんは近所のお兄さんで、憧れの人だ。村の中で数少ない、隣の市の高校に通っている人。この村のほとんどの人間は、村内にある高校の分校に通っている。大概の人間が高校を出ると農業に携わるので、高校なんて卒業したという事実さえ残ればいいという人間が多い。米国EnduRx

 そんななかで純兄ちゃんは市内の一番頭のいい高校に通っているんだからすごいもんだ。1時間に1本のバスに乗って。頭がいいだけじゃなく、純兄ちゃんはテレビに出てくる芸能人みたいにカッコイイ。これで憧れるなという方が無理な話だ。「お前踊るの得意だろ。」「そうだけどさ。」「踊ればいいのに〜さっちゃん。」純兄ちゃんとの会話に割り込んできたのは、和子ちゃんだ。この村一番の美少女といっていいだろう。純兄ちゃんのかっこよさとは雲泥の差があるけれど。和子ちゃんはひらひらしたワンピースを着ていた。そんな太い足をして、よくそんなに短い丈の服を着られるよな、と思う。米国戦神 American mars

 さっきまで二人が、集会場奥の神社の物置でいちゃついていたのを私は知っている。ことわっておくけれどのぞきの趣味なんてない。ただ、30分ほど前に二人して祭りの会場からいなくなったと思ったら、頬を上気させ、服をちょっと乱して戻ってきたからだ。二人は高校3年生。そんなことしたってちっともおかしくない。そして私は中学1年生。今この年で5歳という年齢差はとても大きいと思う。「さ〜ちこっ!」と、はっぴ姿の祐二に手を取られた。純兄ちゃんの弟で、私とは同い年だ。「輪の中に入れよ。踊ろう!」「うん、そうだね。」手を引かれるので仕方なく輪の中に入る。「お似合いねえ、二人とも。」そういうと、和子ちゃんは純兄ちゃんの腕をさらにつかんだ。自分の豊かな胸元をぐいぐいと押し付けている。そうされて、ちょっと純兄ちゃんは顔を赤らめつつも、嬉しそうな顔をする。福源春

 仲が良くて、結構なことですね。「兄ちゃんな、東京の大学に行くんだって。」「東京!?」たまたま一緒に学校から帰りながら、祐二が教えてくれた。東京なんて、ビックリしてしまう。この村ではない隣の市の高校に通ってるというだけでも驚きなのに。市内一の高校に通ってるだけあって、やっぱり違うんだ。村の年寄りたちも、純兄ちゃんのことは神童だといって騒ぎ立てていたものだ。でも、東京の大学になんか行ってしまったら、滅多にあえなくなる。それは寂しいな。それに、和子ちゃんはどうするんだろう。「和子ちゃんは市内のデパートに就職するんだって。」「そうなんだ。じゃあ、どうなっちゃうんだろ。」「続かないだろ。離れちゃあさ。」

 秋から冬へと受験勉強を続け、純兄ちゃんは希望通りの大学に入れたそうだ。東大だとか早稲田だとか、有名な名前ではなかったけれど、東京にあって純兄ちゃんが入るぐらいの大学なのだから、すごい大学なんだろう。お別れの日、多くの村人が純兄ちゃんを見送った。和子ちゃんなどは朝から泣きどおしで、出発時間の頃には顔がぐしゃぐしゃだった。「それじゃ、みんなも元気で。」純兄ちゃんは雪の名残がある中、実に爽やかに旅立っていった。賽尼可奥

「幸子とこうしていられるなんて夢みたいだ。」高校2年生になった、村祭りの日。4年前に純兄ちゃんと和子ちゃんが戯れていたであろう物置で、私と祐二は同じようなことをしていた。「ご、ごめんな。俺、夢中で…。」祐二も初めてなら私も初めてだ。しかも物置小屋で布団も何もなく、立ったまんまでは大変だ。いそいで服の乱れを整えて、物置を出る。「あ〜ら、いけないんだ〜。」離れたところに、赤ちゃんを抱いた和子ちゃんがいた。彼女は祐二の予想通り純兄ちゃんとは別れ、今はもう他の人の奥さんにおさまっている。

 しかしまずい人にみられたもんだ。歩くスピーカーとあだ名されるこの人に見つかるとは。もともとそうだったのが、結婚して子供を産んで、ますますひどくなっている。「優等生のさっちゃんがこんなところでいけないんだ〜。」私は自分でも予想外なことに、純兄ちゃんが通っていたのと同じ高校に通っている。和子ちゃんはそれが妬ましいらしい。和子ちゃんに限らず村の人は私の存在を歓迎しない。女のくせに生意気な、という態度が見てとれる。なんて、閉鎖的な村なんだろう。「何言ってんだよ。和子ちゃんだってうちの兄貴とここでやってたくせに。」祐二が綺麗に反撃をかましてくれて、和子ちゃんが怯む。二人手を取って、会場に戻った。 SaZhiYou

「兄貴さ、村役場に就職するんだって。」この知らせに、正直私は胸が高鳴った。ただ、少しだけだけど。高校に進学してみてわかったのだけれど、純兄ちゃんは村人の中では抜きんでていたものの、いざ外の世界に出てみれば神童というほどの存在ではなかった。純兄ちゃんの行った大学は、私なら楽々入れるレベルの大学だったのだ。だから、もはや桁違いの憧れの人という気はしない。それでも楽しみではあった。村の人などは英雄の凱旋だなどと騒いでいる。

 春になってこっちに帰ってきた純兄ちゃんは、送り出された時ほどの晴れやかな顔ではなかった。帰ってきて嬉しいには違いないようだけど、英雄扱いされることに明らかに申し訳ないという顔をした。「大歓迎されるのも複雑なんだよね。」帰郷のお祝いの宴会に呼ばれた時、たまたま二人になって、ぼそっと純兄ちゃんが呟いた。手には、5年前には吸っていなかったタバコを持って。「さっちゃんはわかるだろ。俺の大学の程度だとか、いろいろさ。」「…うん、まあ。」「恥ずかしいことに、就職活動しても思うようなところに行けなくってさ。だったら地元に帰ってしまったほうがいいや、って。情けない。」聞きたくなかった。純兄ちゃんはみんなの憧れだから。希望の星だから。負け犬みたいなセリフ、聞きたくなかった。灑の友 SaZhiYou

「この村が好きだって気持ちも、あるんでしょ。」「そりゃまあ、大前提だけどなあ。」ふーっとタバコの煙が吐き出される。「祐二と付き合ってるんだって?」「うん。」「どうせあいつがさっちゃんに夢中なんだろ。さっちゃん、綺麗になったからな。」「えっ…。」これにはちょっと胸がときめいた。負け犬オーラをまとっていても、純兄ちゃんはやっぱりすっごくかっこいいから。「で、でも、和子ちゃんには勝てないよ。」「和子?ああ、あいつはかわい子ぶってるだけだろ。」驚いた。和子ちゃんに擦り寄られてニヤニヤしていた張本人のくせに。「そりゃあね、外に出て色んなことを知ったからね。ここにいる頃はうぶだったけど、今はもう、なあ…。」「今は恋人は?」「いないよ。地元に戻るって言ったらもう、それで終わり。」「そうなんだ…。」都会に出て、純兄ちゃんはどんな恋をしたんだろう。私と祐二の間にあるような、子供じみた戯れとはわけが違うんだろうか。日本秀身堂

「さっちゃんはどうすんの?」「え?」「大学、行くの?」「うーん…。」「好きなことできるのも、今のうちだよ。外に出られる力があるなら、そうしたほうがいい。」「でもせっかく純兄ちゃんがこっちに帰ってきたのに、離れるの、いやだよ…。」言ってしまって、少しだけ後悔する。案の定純兄ちゃんはポカンとして私を見つめた。「…今のは聞かなかったことにしていい?」「どうして。」「だってお前、祐二の女じゃないか。」「だから、祐二は弟だから。一番純兄ちゃんに近いから。」本当に、残酷で馬鹿だと自分でも思う。でも、それが事実なんだもの。「…やっぱりさっちゃんは外の世界に出たほうがいいな。」「出てるよ。高校に行っていろんな男の子と友達になったけど、やっぱり純兄ちゃんが一番だもん。」「あんな高校に通ったくらいで外の世界を見た気になっちゃだめだ。」純兄ちゃんはぎゅっとタバコを握りつぶして立ち上がった。曲美 きょくび

「えーっ…。」東京の大学に行く、と言ったら、祐二はあからさまに嫌な顔をした。「いやだよ、そんなの。幸子と離れるなんて嫌だ。」「…でも、もう決めたんだ。外の世界を見てみたい。」「だって、俺、言ってたじゃん。兄貴が勤めに出て俺は田んぼを継ぐんだって。なのに、お前、東京なんかに出て、どうすんだよ。」頭をハンマーで殴られたような思いだった。市の高校に通っている私を誇りに思っているような態度だったのに、結局は祐二も村の人と同じだったというのか。女は家庭に入るんだから、余計な勉強なんて必要ないというのか。「祐二の家の事情と、私の進路と、どういう関係があるって言うの。」「え?だって…。俺たち付き合ってるんだぞ。もう高校3年なんだし。そしたら将来のことだって考えるだろ。俺のこと好きだって言ってくれてたろ。」しまった。つられて言った言葉を、祐二はしっかりとした既成事実のように大切に心に保管していたらしい。そうか、そうなのか。体を重ねている時にふと口から漏れただけの言葉を、こうして大事にするものなのか。相手のことが本当に好きだったら。軽体堂康秀

 秋から冬になる頃には、勉強を言い訳に、私は祐二のことを遠ざけた。はじめはあれこれ言っていた祐二も、さすがに私にはかまわなくなっていた。ただ、なにぶん小さな村のことで、私が祐二のことをこっぴどく振ったと噂されるようになった。はじめは進学のことを承諾していた両親も、‘そこまでして東京に行きたいのかい?’などと言うようになった。何を言ってるの?馬鹿馬鹿しい。ある日、純兄ちゃんがうちにやってきた。母などは、‘祐二くんのことでなにか文句をいいにきたんじゃないか’と警戒していたが、ちょっと違った。「俺は何も噂なんか流してないからって、祐二がさ。」私の部屋に二人きりでお茶を啜りながら純兄ちゃんはこんなことを言った。祐二のいいわけをわざわざ伝えにきたらしい。私だってそんなことはわかっている。祐二が振られたことにいじけて、悪口を言いふらすようなこと、するはずがない。清盈一號

「そんなのわかってるよ。それで、どうしろっていうの。」「そんな、怒るなよ。あいつはさっちゃんのことが本当に好きなんだからさ。嫌われたくないんだろ。」「じゃあ別に、純兄ちゃんが来ることないじゃない。電話の一本も寄越せばいいのに。」「それはそれで自分の口から言うのはあまりにもいいわけくさくて嫌なんだろ。」私はイライラしていた。よりによって純兄ちゃんの口からこんなこと言われたくなかったのに。「…しかし、こないだなんか大学行こうかどうしようか、迷ってる感じだったのに。」「外の世界に出てみろって言ったの、純兄ちゃんのくせに。」「そうだけどさ。」そして私は東京の大学に受かった。純兄ちゃんの通っていた大学とはレベルの違ういい大学だ。でも出発の日には、純兄ちゃんの時と違って村をあげての見送りなんてなかった。私はこれから東京にいく。今までみたいな、閉鎖的な思いをしなくていい、都会へ。強效痩

「…あんた、あの、さっちゃんかい。」村役場の就職試験の面接で、係りの人が飛び上がった。外の世界には色々あった。そして、私にとってはいろいろありすぎた。私は正直、純兄ちゃんとは違って、東京のそれなりの会社に就職するだけの力を持っていた。でも、これから暮らしていくのはここじゃない、と思った。不思議と。彼氏は私を必死に説得した。でも、どこまでいっても彼は私の感覚を理解できないようだった。村の人も理解できないようだった。そして、私の扱いに困っていた。男の純兄ちゃんはすんなり受け入れて、女の私に戸惑うなんて、どういうわけだろう。面接の日、久しぶりに純兄ちゃんに会ったけれども、彼もやはり目を丸くしていた。でも、面接官のそれとは違っていたと思う。杞菊地黄丸

 翌年の春、勤めが始まった。仕事内容はそれほど難しいことはなかったけれど、村の人と打ち解けるのには努力を要した。どの人も、私にどう接していいかわからない様子だった。未知なる物へ遭遇するかのように。そして、陰口を叩いていたことを後ろめたく思っているようでもあった。そこらへんはかしこまらずに馴染みの言葉遣いで接することでどうにかなっていったと思う。そして純兄ちゃんの協力も大きい。都会帰りで事情がわかる人と一緒にと、純兄ちゃんの身近な部下のような立場にしてもらったから。純兄ちゃんは28歳になっていたけれどもいまだに独身だった。かたや祐二は23歳にしてすでに一児の父となっていた。相手は、同級生のエイ子ちゃんだった。彼女は昔から、私と違って優しくて、可愛らしい子だった。奇正消痛貼膏

「さっちゃん、踊らないの?」年に一度の村祭りの日。10年前の時と同じように純兄ちゃんが隣にいる。「しばらく踊ってないから自信がないなあ。」「大丈夫だよ。小さい頃にやってたことって体が覚えてるから。」「うん…。」言いつつも、足が動かなかった。あの輪に入るには、なんだかまだ早い気がする。「純一、踊らないの?」和子ちゃんが駆けてきた。もう子供も大きいというのに相変わらず丈の短い服を着るのが好きらしい。だんなは嫌じゃないのかな、と思うんだけど、むしろそんな和子ちゃんを‘自慢の嫁’くらいに思っているらしい。「俺はいいよ。のんびりしたいから。」「もう、つまんないわねえ。」ぐいぐいっと豊かな胸を押し付け、名残惜しそうに子供の元に戻っていく。奇果

「あれがまだ通用すると思ってるんだもんなあ。」「だって、和子ちゃんまだ若いもん。」「やり方が古いしワンパターンだけどな。」顔を見合わせて、二人、クスクス笑う。「でも昔は、純兄ちゃんもああされてにやけてたよね。」「そりゃ昔はね、うぶだし、盛りの頃だし。」「やだ、そういう言い方。」ぱしっと肩を叩く。と、腰にそっと手がまわされた。「…どういうつもり。」「そういうつもり。」「盛りは過ぎたんでしょ。」「好きな女が相手なら違う。」と、そっと腰に腰が当てられた。「抜けよう。」小さく、低い声が耳を甘く撫でる。ずっと前から欲しかった、魅惑の言葉。視界の隅に、輪の中にいる祐二がこちらを見ているのが感じられた。「私たち、もう子供じゃないのよ。」「わかってる。」「遊びで付き合う気、ないし。」「俺だって。」手の力が強くなる。「幸子が好きだから幸子としたい。」物置の中で、私は純兄ちゃんとひとつになった。「ここで和子ちゃんとしたんでしょう?」「おまえだって、祐二としたくせに。」私は汚れた机にしがみついた。妻之友

「面接に来たとき、あんまり綺麗になっててあせった。」純兄ちゃんはそれはもう、うれしいことをいってくれた。「別人なんだもんな。都会に行って洗練されて。俺にとってさっちゃんは年下の小さな女の子だったのに、しっかり女になって帰って来るんだもんな。参った。」「そんなこと、ないよ…。」「あるよ。だから誰にも渡したくないと思った。」 10年。 この人への気持ちを自覚してから、こうなるまで10年かかった。もちろん、その間に色々なことがあったし、色々な人と付き合った。祐二も含めて。その間、私はいつだって自分の気持ちに正直に生きてきた。村の人たちからどこか冷たい目を向けられても。もしもまわりの目が怖くて行動することを諦めていたら、こんな幸せは手に入らなかっただろう。だから、これからも正直に生きていく。純兄ちゃんの…純一の腕の中で、そう決めた。片仔廣軟膏
posted by chinaseiryokuzai at 17:06| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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